広がるブロックチェーンの応用

分散型台帳としての機能を持つブロックチェーンは、当初、暗号通貨との関連で注目され、次世代のインフラ技術の1つとして脚光を浴びました。今では、金融分野以外にも、様々な産業における応用が期待されたり、実際に実用に供されつつあります。

たとえば、世界最大の小売りチェーンであるウォルマートは、IBMの協力を得て食品のトラッキングをブロックチェーンベースで行う技術のテスト運用を2016年から行ってきましたが、近々、本格運用に入る予定です。この作業は、従来方式では6日かかるところ、ブロックチェーン導入後は、わずか2秒で完了するとされています。

また、中国ではセクハラに対して抗議する#MeToo運動を支持した学生のSNS投稿が、当局の検閲によって次々と削除される事態になりましたが、学生を支持する人たちの手で、イーサリアムのブロックチェーンを利用して投稿を記録することにより、削除も改ざんもできない状況を作り出すという対抗措置が生まれています。

イーサリアムは、分散型アプリケーションを構築するためのプラットフォームであり、そのブロックチェーンは本来、暗号通貨の取引を記録するためのものですが、そこにメモをつけられることを利用して、誰にでもアクセスでき、しかも消えることのない記録を1回あたり52セントの手数料だけで作り出したのです。

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現行のブロックチェーンの弱点

このように応用の進むブロックチェーンですが、現状ではまだ弱点もあります。それは、正しいとされるチェーンの判定方法と所要時間、それに関係する処理速度の遅さ、そして、利用範囲が広がった場合の手数料の問題です。

まず、判定方法とそれにかかる時間の問題は、分散して記録することで情報の正当性を担保するブロックチェーンの基本構造に起因します。すなわち、すべてのチェーンの更新(同期)が同時には行われず徐々に波及していくので、完全に更新が完了するまでの時間が読めません。しかも、ある時点では、同期されているチェーンとされていないチェーンの両方が混在することになります。

しかし、更新後の(正当な)情報を利用したい側(たとえば、暗号通貨の決済業者)は、すべてのチェーンの更新完了を待つわけにはいかないため、更新開始から30~60分程度で、「ある基準」をもって正しいチェーンを決定するのです。その基準とは、「一番長いチェーン」であり、「更新=新規データの追加」なので、「最も長いチェーンが正しい(はず)」という考えに基づいています。

このことは別のリスクもはらみますが、ここでは処理時間のみに注目してみましょう。

正しいチェーンの判定に最低でも30~60分かかるとすれば、これが連鎖的に発生するような処理の所要時間はかなりのものとなります。

たとえば、クレジットカードのVISAの処理能力は、tps(トランザクション・パー・セカンド)という単位で4,000tpsから6,000tpsあるとされていますが、ブロックチェーンを利用した暗号通貨の代表例であるビットコインは、わずか7tpsしかありません(ビットコインの仕様が「10分おきに最大1MBの情報しか処理できない」となっていることも理由の1つですが…)。

そうした制約がなく、利用者を制限したプライベートなブロックチェーンを利用したものでは、処理能力が1,000tps程度にまで向上するものの、それでもカード決済には遠く及ばないのが現状です。

さらに、現在主流のブロックチェーンでは、各チェーンの整合性の承認が必要ですが、その承認を行う人に対して報酬(手数料)が支払われる仕組みになっています。そして、承認の優先順位を高くしてもらうと手数料も上がるため、リアルタイムに近づければ近づけるほど、コストもかかるのです。

特にIoT機器間の決済をブロックチェーンで管理しようとすると、トランザクションが頻繁に起こるため、手数料がかさみすぎて現実的ではなくなる可能性もあります。しかし、IoT分野での利用を前提に手数料を無料化したIOTA(アイオタ)という暗号通貨も開発中で、この3番目の問題は解決する可能性が高くなってきました。

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量子コンピュータのメリット

さて、ここで量子コンピュータの登場です。といっても、完全な量子コンピュータというのは、まだ存在しておらず、今のところは理論上の産物に留まっています。

今、普及しているコンピュータは情報をビットという単位で扱い、それがとりうる値は、0か1のどちらかです。これに対して量子コンピュータは「量子ビット」という単位で扱い、0と1以外にも、その両方を量子力学的に重ね合わせた状態でとることもできます。

また、量子には、遠く離れた量子が、あたかも一心同体であるかのように同じ振る舞いをするという「量子もつれ」と呼ばれる性質があり、常識では考えられないような不可思議なことが起こるのです。かのアインシュタインでさえ、こうした現象を信じられず「不気味な遠隔作用」と呼んだほどですが、現在では量子の基本的な性質の1つとして認められています。

ややこしい話は抜きにして、従来型のコンピュータと量子コンピュータの違いを端的に説明するたとえ話をしましょう。

複雑な迷路があったとして、従来型のコンピュータで出口を探すのは、人が実際に迷路の中に入り、行き止まりになったら引き返して別の分岐を選ぶようなものといえます。このようにして、しらみつぶしに選択肢を狭めていき、最終的に正解にたどり着くわけです。

一方で、量子コンピュータは、入り口でドローンを飛ばして迷路の全体像を一度に把握し、そこからアッという間に出口までの正しいルートを見つけ出すようなイメージで考えると良いと思います。

とはいえ、量子コンピュータは、どのような問題でも同じように有効に機能するわけではなく、特定の問題を非常に効率的に解決するための技術なので、それが完成して普及したとしても、今あるコンピュータがすべて置き換わるわけではありません。

それでも、以前にこのコラムで、世界で一番電子化が進んだ国として紹介したエストニアのラティスという企業は、量子コンピュータを使って、ブロックチェーンの処理速度の問題を劇的に改善することに理論的に成功したと発表しています。「理論的に」というのは、先に触れたように、完全な量子コンピュータというものが、まだこの世界に存在していないためです。

もし、ラティスの理論が正しければ、ブロックチェーンの処理速度に関する問題点は一気に解決するかもしれません。

量子コンピュータの不安要素と解決策

ところで、量子コンピュータは、ブロックチェーンで利用されている暗号化の技術を打ち破る可能性も指摘されています。従来のコンピュータでは時間がかかりすぎて、事実上、解読できないということが既存の暗号化技術を支えてきたため、量子コンピュータを使って短時間で解けてしまえば、ブロックチェーンのセキュリティの高さは根底から覆るわけです。

これを、「ブロックチェーンの量子コンピュータ耐性問題」と呼んだりしますが、この世の中はよくできたもので、すでに量子コンピュータが解くのに適さない方法に基づく暗号化技術も開発されています。

つまり、現状のままでは量子コンピュータはブロックチェーンの敵になりかねません。しかし、将来的に新しい暗号システムに移行できれば、処理速度を速めるメリットだけを享受することができ、社会の様々な分野で、量子コンピュータとブロックチェーンの組み合わせが活躍することに大きな期待が持てるといえるでしょう。


執筆者:大谷和利

テクノロジーライター,原宿AssistOnアドバイザー,自称路上写真家。Macintosh専門誌, デザイン評論誌, 自転車雑誌などの誌上でコンピュータ,カメラ,写真,デザイン,自転車分野の文筆活動を行うかたわら,製品開発のコンサルティングも手がける